良く刑事もののテレビドラマで以前は見られたシーン。
何となく物わかりのよさそうな刑事さんが取調室で、犯人に「1本どうだ?」といって、よれよれのタバコの箱から1本取り出し、火をつけてやる。
そして犯人の前にぼこぼこになったアルミの灰皿をもってくるシーン。
面白いのは、刑事さんがポケットから出すタバコの箱が、だいたいがハードケースではなく、ソフトな紙のパッケージで、これがもうよれよれになっている。
もしかしたら、中でタバコが折れてしまっているのではないかと心配になるような、そんなタバコです。
このシーン、昔は、定番でしたね。そして、タバコをきっかけに、犯人の身の上話などに移っていき、親の話や子供時代の話を犯人がし始める、そして犯人が急に泣き出して「刑事さん、すみませんでした。
私がやりました…」と自白が始まる… この定番シーンは、だいたいが1本のタバコから始まりましたね。
しかし、ここまで禁煙が徹底してくると、こんな刑事ものドラマの定番シーンはほとんど見られなくなりましたね。
だいたい、勧善懲悪ものや、推理ドラマなどには、必ず定番シーンがあり、視聴者である私たちは、その定番シーンがあることが、そのドラマを見る安心感や、うーん、ここが、犯人が涙を流して自白するところか、などと予測がついたものでした。
こういうドラマは、こちら側の予測の通りに進行していかないと、いいドラマと言えないのです。
そして、この「1本どうだ」も「かつ丼食うか」ともに刑事ものドラマの定番のせりふとして私たちは覚えていたものでした。
この「1本どうだ」が使えなくなって演出家もきっと困ったでしょうね。
この「1本どうだ」は、「タバコ」というものがコミュニケーション・ツールとしての役割を果たしているということができるでしょう。
タバコを吸っていると、これを利用したコミュニケーションができましたね。
バーやクラブに行って、例えば、その昔なら、「バージニアスリム」を1本隣の女性にあげながら会話をはずませる(ちょっと、例が古かったですかね)。
「おしゃれなタバコ喫ってますね」など、タバコのブランドが会話のきっかけ作りになる。
しかし、タバコを喫わなくなると、こういうちょっとした芸ができなくなるんですね。
このタバコとともに「ちょっと“火”を貸して」もコミュニケーション・ツールになりましたね。
火を借りたことがきっかけで、話をし始めるようになるなど、これも禁煙すると使えなくなりますね。
このように、タバコやライターは人と人とが知り合うきっかけづくりとしては、結構便利なツールだったのです。
禁煙するとこうしたツールが使えなくなり不便になりますよね。
今だと、のどあめかガムですか?